ゲド戦記
監督:宮崎吾朗



というわけで初日に観てきました。Yahho!が前売り券を貰ったのだそうで、それを頂くという形で。映画館に行くのは久しぶりなんですよね。普段はパソコンで見るかテレビで見るかのどちらかなので、大画面で見ることがあまりないのです。


ところで、映画公開前にこういう対談があるのを見かけました。


【細野真宏の映画対談】スタジオジブリ・宮崎吾朗監督


細野氏といえば受験参考書でも有名な人ですね。私も何冊か読みました。それはさておくとして、この記事は彼が宮崎氏と対談したときの記事というわけなのですが、読んでいくと宮崎氏の言葉には割と弱気なところもあります。

宮崎 このまま公開してくれなければいいのにと思います。映画を作っている間は、「お客さんが見る」ということをあまりリアルに意識していなかった。それが初号試写のとき、関係者だけで百数十人の人が一斉にスクリーンを見たわけです。それを目の当たりにして、これから実際にいろんな人がこうして見るんだと思ったとたん、「自分はいったい何を作ったんだろう」という思いにかられました。

ただ、これは弱気というよりはプレッシャーという風に解釈したほうが良さそうです。なにせ初監督でジブリ作品ですからね。プレッシャーがかかるのは当たり前です。
その反面、こだわりというものももちろん見せているわけで、具体的に言えば「映像重視」というより「言葉重視」の作品作りだったとのこと。

宮崎 ただ実はスケジュールだけではなく、『ゲド戦記』だからこそ「原点」に返る必要性もあったのです。『ゲド戦記』は、「言葉が重要な原作」なので、そのせりふが観客に届かなければ意味がない。映像がすご過ぎたら、それに気をとられて、大事なせりふが耳に入らないということが現実に起きるんです。ですから、画面をシンプルで力強くし、そのぶん、せりふをしっかり伝えたいと思いました。

原作が小説なので、言葉がキーになるのは当然といえば当然でしょう。原作ファンにとってはそういうところが楽しみになるわけなのでしょうし。そんなわけで、鑑賞する側としては映像よりもセリフに注目してみることにしようと思いつつ映画館に臨んだわけです。


さて、当日映画館に行ったのは10時半ごろのことでした。すでに映画が上映中であることもあってチケット売り場は20人位が並んでいるといったところでした。前の女性二人組が「ツンデレカフェ」について熱弁を奮っていたので、笑いそうになるのをこらえるのが大変でした。公衆の面前で「べ……別にあんたのためにやってるんじゃないんだからねっ」とか言われても。ええ、まあ、そんなわけで。
ツンデレカフェ紹介記事
さて、映画のストーリーについてはここで説明するのが面倒なので、公式サイトを参照してください。ただ、公式サイトもあまり詳しく書いているわけではありませんが……
スタジオジブリ公式サイト
せっかくなのでここで大雑把に箇条書きで整理しておくと、

1.主人公はアレンという少年。自らの姿をした「影」に追われています。
2.ゲドは彼と行動を共にすることになる大賢者の名前。ゲドというのは普段は使えない真の名前で、劇中での名前はハイタカ
3.「均衡」が崩れた世界、が舞台となります。具体的に言うと異常気象、人身の荒廃などが蔓延した世界。さらに人身売買が行われていた世界、というところも重要になります。
4.ゲドは以前クモという魔法使いと戦ったことがあり、そこで破れたクモが「均衡」を崩した元凶でした。

ここまで書けばお分かりの通り、最後はクモとの対決がテーマとなります。細かいところはネタバレになるので書くわけには行きませんけれども。


感想を端的に言えば、良い作品ではあるのですが、ちょっと説明不足のところが見られます。
前者について言うなら、事前に監督が言っていた通り、セリフに対するこだわりはいろいろと見られます。個人的に主人公のアレンに感情移入してしまったので、感じ入ることも暫し。
セリフについては、おそらくCMでお馴染みのテルーのセリフ

「命を大切にしない奴なんて大嫌いだ」

というのが根幹にあるのでしょう。CMだけではなくて、看板にも書いてありましたしね。随分ストレートなテーマをストレートに言ってしまっているのですが、ストレートに言うだけであれば、「もののけ姫」における糸井重里作のキャッチコピー

生きろ。

がありますから、それほど気になるわけではありません。ただ、ちょっと説教じみているところが気にならないわけではないですが……後半はそういうセリフが多めになっています。閉じ込められたアレンとテルーが交わした会話などがそうですね。オブラートに包むのではなく、そのまま言っています。テーマとしては今の時代に最も合っているといえるでしょう。「今の時代」というよりは「私」に最も合っていると言えるかも知れません。そう、多分、この映画は割合に私向きの作品でした。特にテーマにしているところについては。
ただ、問題はそれをストレートに言ってしまうことで「反感」を生じてしまうということでしょう。ネットではこのセリフに可なり否定的な主張が見られますが、それもおそらくはストレートに言ってしまったことが原因ではないでしょうか。あるいは、これに「反感」が生じるということそのものが現代の心的荒廃を証明してしまっているのかもしれません。
さらに言うなら、ジブリ作品としては珍しく、人の「闇」の部分を斬りこんでいるところが特徴でしょうか。単純な「闇」ということであれば「風の谷のナウシカ*1」の時代から表現されていますが*2、比較的婉曲的ではありました。本作ではそこのところがストレートに表現されています。人身売買とか人狩りとか、あるいは麻薬とか……なかなか近年ではなかったテーマです。おそらく、普通の娯楽作品ではなかなか扱えないテーマです。逆に言えば、普通の娯楽作品では描ききれないところをあえて描いたという風に見ることも出来るでしょう。エンターテインメント重視の一般の娯楽作品では、こういうマイナスの、否定的なテーマを扱うことは出来ません。そもそもアニメでは「悪意の無い世界」がメインになることが殆どです。だからこそ、あえてジブリが描いたという風に解釈することも出来るかと思います。「アニメは夢のある世界である」という立場も尤もですが、それだけではなく、アニメという一形式を通してこそ伝えうるものも存在するわけで、それがこの映画の存在意義ということも出来るでしょう。
さらに言うなら、ここで描いている「闇」というのは社会における闇だけではなくて、自分の「闇」でもあります。ストーリーに関する詳述は避けますが、主人公アレンの「闇」のところが描かれていたところにも注目しなくてはならないでしょう。内における葛藤ということであれば「もののけ姫」のアシタカにもあったのですが、それをもう少し深いところで突いています。


さて、ここまで全体的に肯定的な立場に立っているのですが、否定的なところもあって、それはすなわちストーリーの説明不足というところです。おそらく原作を読んでいればすんなり受け入れられるのでしょうが、いかんせん原作を読んでいないものですから、「これは何だろう?」と言いたくなるところがちらほらと。特にラストの○○○が○○○○になるところとか……せっかくの良いシーンだったのですが、ストーリーの上ですっきりしないものが残りました。ちょっと詰め込みすぎたのかもしれません。なんと言っても全部で6巻もあるファンタジー小説を2時間で纏めようというのですから、それは無茶というものでしょう。「ハリーポッター」だって一つの映画に対して原作は一冊です。映画化されたのは「ゲド戦記」全6巻のうち3巻なのだそうですが、それでも2時間で仕上げるのは困難には違いありません。個人的には、いっそのことシリーズ化して何作かに別ければ良いのではないかとも思いましたが……


というわけで、全体的に見れば悪い映画ではありませんでした。私は割合好きなほうです。
監督の手腕については、次回作に期待、というところでしょうか。確かにまだ父に比肩する存在になるには時間がかかると思われます。しかし、宮崎駿氏が既に高齢であることを思えば、これから後継者教育が必要になるのは言うまでもありません。悪いところについては一通り洗い出されたでしょうから、次はそこを改善してさらに良い作品を作ってほしいと思います。


さて、次の作品は何なのでしょうね。「指輪物語」「ナルニア国物語」が映画化されてしまったこともあって、これらをアニメ化するということはないでしょう。SFもあまりジブリらしくないんですよね。とすると……「On Your Mark」を長編にしてみるなんてどうでしょう? 主題歌は当然、CHAGE and ASKAで。

*1:正確にはジブリ製作ではありませんけど

*2:この映画で「辱め」という言葉を知ったくらいですし