江戸川乱歩貼雑年譜」(講談社
江戸川乱歩のスクラップブックである。新聞の切り抜き、手紙、メモ、写真など雑多な記録が挟み込まれており、それに自ら説明を施している。眺めているだけで随分面白い。自らの作品が映画化されたときなどにはきちんとその広告を残しているため、読んでいれば自然と歴史の流れと乱歩の人生の流れがリンクするようになっている。そもそも、こうしてスクラップになっている記事が作品にそのまま影響することもあるようである。
乱歩が新しい雑誌を創刊しようとしたときの計画書も残っているのだが、名前が「グロテスク」というのだそうで。これまたストレートな。
続けて

知的小説刊行会がうまくいかなかったので〜(中略)〜映画論を書き、複写を取って、目星い映画会社に二三送り、映画見習採用してくれるよう頼んだのであるが、無論何の回答にも〜(中略)〜その論文は

  • トリック映画の研究 四十三枚
  • 映画劇の優越性について(附・顔面芸術としての写真劇)

(注:旧仮名遣いは適宜改めた)

という話題が出てくるのだが、「トリック映画の研究」というものがどういうものだったのか気になる。推理小説に関する論説はいろいろあるのだが、トリック映画となると私は知らない。
こんなスクラップもあった。

事件の現場今や猟奇新名所と化す
八つ切り死体に集まる興味
「犯人の奴、いま頃何をしてるかーそれを思うと…」寺島署の捜査本部では世の目もねずに苦慮している他面では、解けぬ謎の怪奇がいよいよ興味化されていく、地元の玉ノ井かいわいではもう寄るとさわるとバラバラ事件の話、そして帝都の猟奇的関心は燃え盛り、十六日などは捜査本部に「キネマ・ニュース」に撮影機をかつぎこむ者、祈祷を申し込むもの、怖いもの見たさに「首*1」を見に来た二人連れの浅草の女、「玉の井事件」の脚本をでっちあげて売り込みにくるもの、「海上の犯罪だ」と忠告に来る者、いやはやうるさいこと、「現場」には円タクを飛ばしてワザワザ見物に来る物好きも多く、今や猟奇の新名所になってしまった。「ああだろう、いやこうじゃないか」と、ちまた、銭湯、市場ーもうバラバラ話しで持ちきりだ、そこで街頭にまき上るウワサの龍巻を訪ねて行く。


東京日日新聞」1932年3月17日号
(注:旧仮名遣いは適宜改めた)

言うまでもなく「玉ノ井バラバラ事件*2」のスクラップであり、明らかに興味本位の記事である。昔はこういう俗な記事が少なくなかったのだろう。今で言うなら、さながら週刊誌の様相を呈している。乱歩は推理作家であるが、そのためか事件に対するコメントを求められることも多かったようで、さまざまな事件に対するコメントが載った新聞記事が残されているところも見逃せない。中にはリンドバーグ愛児誘拐事件に対するコメントもあった。逸早く警察の発表の矛盾点を指摘するなど、探偵作家としての能力を遺憾なく発揮しているようである。

*1:何と読むか正確なところは分からないが、おそらく「首」ではなかろうかと。

*2:詳細はこちらから(「無限回廊」:http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/tamanoi.htm